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気まま夢日和

漫画・音楽・小説・スポーツ・料理etc...      やりたいことはぜんぶやる!!

吉野シンゴ、受験期を語る。

どうも、吉野シンゴです。

 

受験生の皆さん、センター試験お疲れ様でした。

ですが、まだ二次試験がある方も多いと思います。むしろ二次試験が本番だなんて節もあると思うので、最後まで気を抜かず、自分を信じて受験に挑んでください。

 

さて、今日は、僕の受験期について語らせていただこうと思います。

人生で一番頑張った期間は、と聞かれたら、僕は間違いなく受験期だと答えます。

人生で一番楽しかった期間は、と聞かれたら、僕は間違いなく受験期だと答えます。

そんな受験期。

前置きはいいや。さっそく始めます。

 

 

まず、高校1,2年の頃。

僕はまったく勉強していませんでした。

中学の頃も、ほとんど勉強していませんでしたが、中学の頃は勉強しなくても勉強ができてしまうという神童現る!だったので、高校もそこそこな進学校に進学してしまいます。

高校にあがった僕は、もうまったく勉強しなかった。

テスト前ですら、ほっとんど勉強していませんでしたね。直前に詰め込むだけ詰め込む。

テスト前、部活はテスト休みになるわけで、暇なんですよね。ですがさすがは進学校。中学の頃とは違って、部活休みだ!遊ぼうぜ!とはならないわけです。

なので僕は、テスト休みは一人で卓球マシンで練習している、ということが多かったです。あ、高校の頃は卓球少年でしたよ。

中学の頃の勉強は簡単だったので、勉強しなくても何とかなったのですが、高校の勉強は訳が違った。

当然、定期テストでは毎回赤点をとっていました。学業成績はほぼビリです。

赤点は追試で回避して、進級できればいいだろう的なスタンスでいたんですね。

そんなこんなで、遊びに部活に恋愛に大忙しな、勉強とは無縁な高校2年間を過ごしたわけです。

 

さて、高校3年生になりました。遂に受験期ですよ。

まず、5月、部活のインターハイ予選がありました。

ま、予選敗退でしたけど、やれるだけのことはやりつくしたので後悔はしていません。

中学までサッカー部で、高校から急遽はじめた卓球でしたが、見事にハマってしまい、もう大好きなスポーツです。仲間もみんないい奴らだった。高校卓球、最高に楽しかったです。

部活引退。

 

で、ですよ。皆さんのイメージ的に部活引退したら受験勉強に本腰を入れる、みたいなのがあると思うんですけど、僕ももちろんそう思ってはいましたよ。

が、どうにもやる気にならないわけですよね。

そんな感じで、卓球を失ってしまった僕は一週間ほど無気力な感じで。

 

そうしたら、事件発生。

高校1年の頃から付き合っていた彼女にフラれます。

 

もう、言ってしまえば、すべてを失った状態なわけです。

ここで吹っ切れて、勉強だ―――!!ってなればよかったんですが、

僕はただただ凹んだだけでした。

彼女にフラれた次の日、静岡市の先輩の家に泣きつきに行ったくらい。

 

時は流れ5月中旬。いや、あんま流れてねえな。

高校生活5月中旬。何があったでしょうか。

そう、文化祭です。

文化祭と言えば、アレですよね。

うん、文化祭マジックですよ。

例に溺れず、僕も文化祭マジックというものを体験してしまったわけです。

まさに運命の出会い。

 

そこで出会ったのは、

 

カケル。男。

 

そいつは、本気で漫画家を目指しています。

文化祭で発表する漫画を、授業中に描いていたんです。いや、『バクマン。』かよ。

話を聞いて、衝撃を受けてしまいました。

こいつは本気で夢を追ってんのに、俺はこんなフラフラしてていいのか。

話をしているうちに、俺もやらねえと、となってくるわけです。

すっかり意気投合した俺たちは、

「よし、お前が漫画を描いて、俺が担当する!二人で『ONE PIECE』を超えようぜ!!」。いや、『バクマン。』かよ。

はい、僕は'集英社'に入ることを目標としました。

昔っから漫画・本が大好きで、何か漫画・本にかかわる仕事がしたいとは漠然と考えていたので、ここで遂に明確な目標を設定しました。夢ですね。

 

漫画を描く・出版社に入るには、とりあえず、東京に行きたい。

ということで漠然と東京方面に志望校を絞りました。

で、俺もカケルも、今まで勉強なんて一切してきていません。俺のことはもう上でだいぶ話しましたが、カケルだって授業中に漫画描いてるような奴ですからね(笑)

僕らは文系で、数学が特に駄目だったんで、なるべく数学ⅡBを使わないようなとこを…

 

東京で・数学ⅡB使わなくて・そこそこいい大学…

首都大学東京だ!!

 

はい、ものの数日で志望校が決まりました。

舐め腐ってますね。

ですがこれで良いんです。

 

というわけで、俺とカケルは首都大学東京を目指すこととなります。

 

とは言っても俺たちは学年ほぼビリ。

そんな奴らが狙えるほど首都大学東京は甘い大学ではない。

と、周りは思っていたと思います。そんなんは関係ありません。

勉強してこなかったからできなかっただけで、一年頑張ればなんとでもなる。

俺たちは猛勉強を始めます。

 

が、数日後、カケルがある提案をしてきました。

首都大のオープンキャンパスの日、集英社見学行かね?お前は天才か。

というわけで、さっそく集英社に電話を掛けます。

いや、もちろん個人での見学なんてできませんからね。電話しないでね。

電話は軽くあしらわれてしまいました。

が、ここで引くのは悔しかったのでもう一回電話を掛けました。そこを何とか。と。冷静に考えてバカです。が、当時は本気でした。

そこで、向こうが提案してきました。

個人での見学には対応できないが、漫画持ち込みというかたちでなら…と。

はい、それで大丈夫です。即答。

カケルは漫画を描くことになりました。この受験期に。冷静に考えて阿呆です。が、当時は本気でした。

 

勉強をしながら漫画を描く。並大抵な覚悟ではできませんね。

そんな彼の姿を見ていたら、僕も燃えてきました。

俺も漫画が描きてぇ…!!

いや、燃える方向が違うだろ、という突っ込みは置いといて。

カケルだけ作品を持って行って、俺はただの付き添いか…?

いや!俺も作品を見てもらいてぇ…!!

というわけで、僕も漫画を描き始めます。

と言っても画が急に描けるはずもないので、ストーリーとコマ割りだけです。いわゆるネームというやつですね。

そんなわけで、6,7月は勉強しつつ漫画も描くという非常に阿呆な期間でした。俺たちは本気でした。

 

8月。遂に集英社週刊少年ジャンプ編集部に持ち込みに。

親にはオープンキャンパスに行くと言っておいたのですが、前日にバレて軽く口論になり、移動費は一銭も出してもらえませんでした。

ので、僕の全財産を投与し、大事にとっておいた2千円札まで導入し、

鈍行電車で4,5時間かけて東京へ。

はい。ぼっこぼこにされて帰ってきましたな。オブラートに包んでぼっこぼこ。

全然手応えなかったです。

ま、いい経験になりました。

当時はぼこぼこにされましたが、カケルは最近、ジャンプに名が載りましたよ。

月例賞の最終候補の下の欄に。探してみてください。成長ですね。

その時の僕の作品は、まぁいずれこのブログで公開しましょう。

 

さ、持ち込みも一段落つき、いよいよ勉強しかしなくなりました。

と思いきや、またカケルが言います。

ジャンプに持ってったやつ手直ししてスクエニの漫画賞に応募しようぜ?お前は天才か。

というわけでジャンプ持ち込み作のリメイクが始まりました。

70ページの超大作ができあがってしまいました。

わっくわくしながら応募。全く返信はありませんでしたね。

めちゃめちゃ面白いと思ったんだけどなぁ。まあ、そんなに甘くはありませんね。

 

ま、こっそり僕も個人で漫画シナリオをチョコチョコ書いていました。それもまたこのブログで公開しよう。

 

というわけで、ここからは遂にもう勉強しかしなくなるわけです。

俺たちの勉強スタイルは学校が終わったら即 図書館に直行して閉館まで勉強していくというものです。そのあとはもちろん家で勉強ですよ。マンガ・インターネットは全部カットです。あの吉野が1年間マンガを読みませんでしたからね。大事件ですよ。予備校・塾へは行きませんでした。参考書とかもほとんど買いませんでした。

詳しい勉強法はまた別の記事で書くかも。

とにかく図書館通いは5月から毎日ひたすら続けました。漫画ばっか描いていたわけじゃありませんよっ(笑)

カケル以外にも一緒に図書館へ勉強しに行く仲間もいて、互いに切磋琢磨と言いましょうか、とにかく一生懸命でした。

 

その成果もあり、だんだんと勉強ができるようになってきました。

今まで1,2年と全く勉強してこなかっただけに、新しい知識がどんどん入ってきて、できてきているという実感があって、なんというか楽しかったですね。

ですが、肝心の成績はと言えば、面白いほどに上りません。

首都大の模擬試験の結果は毎回E。最低ランクです。

 

11月、漠然と不安になってくる頃です。一般ピーポーは。

俺は根拠のない自信と謎の行動力には定評があるので、あまり不安は感じていませんでした。冷静に考えたら(以下略)。

そんな折、カケルが首都大を諦める、と言ってきます。

首都大を諦めて、もう一つ下の国公立を狙う、と。

なんというか、なんでいま目標を下げるのか理解できなくて俺は少し怒りました。

こうなったら俺だけでも首都大に合格してやろう。

 

12月、センター試験までもう1ヶ月。

相変わらず模試の結果はE判定

さすがにマズいか…学校側からも本当に首都大で行くのか聞かれ始める…

はい、首都大で行きますけどね。ここで折れないのが、根拠のない自信満々&超プラス思考・吉野シンゴでございます。

センター直前模試。直前ということで、強制ではなく、模試受けたい人だけ受けてくれってやつでした。外部で。ということは学校に通知は行きません。

その模試で…なんとC判定が。直角に成績が上がりました。

学校にはC判定が届きませんから、まだ先生はE判定だと思っていやがる。

すぐに自慢しに行ってやっても良かったが、溜めといた方がびっくりさせられると思ってそのC判定は墓場まで持っていくことにしました。 

 

つーことでノリに乗ってきた俺はもうがむしゃらに勉強します。

 

毎年、年越しにつるんでいた仲間ともその年は集まりませんでした。

あ、年越し受験エピソードはコチラ。

s405notfound.hatenablog.com

 

1月。センター試験直前。いや、もう勉強しかしてねえから書くことないっす。

 

はい!本番!

特に面白いエピソードもなく無事終わっちゃいましたね。

 

結果は、大成功でした。

ほとんどの教科が8割越え。何なら9割越えも。

数学と英語の筆記だけ8割を切りましたけど、トータルではほぼ8割。

あ、数学は数1Aしか使わないので数2Bの点は含んでいません。因みに数2Bは全く勉強していませんが記念にと受験してきました。結果は20点。分からな過ぎて暇過ぎて、順列問題の百何個を1から全て書き出してやったぜ。ワイルドだろ。

 

 

…もう、そこには1,2年の頃までの毎回赤点の俺はいませんでした。

本当にあの頃の俺とは大違いです。あの吉野がセンター試験で8割とるとか明日は浜松に雪が降るくらいの大事件ですよ。

翌日、教室に行くと、卓球部の顧問が「お、まぐれでめっちゃ点取っちゃった吉野じゃん!」って冷やかしに来ましたから。「いやいや、実力っすよ!」って。いやー、嬉しかったなあ。

ちなみにカケルも大成功で、現社に至っては満点をとるという快挙。カケルはしっかりと志望校に受かりました。

 

 

……しかし吉野シンゴが

首都大学東京に合格することは

なかった

 

センター試験との死闘に

全てを出し尽くした

吉野は

 

続く二次試験

首都大学東京

ウソのように

ボロ負けしたーー

 

 

はい、というわけで、僕は今日本大学にいます。

何故、日本大学かというと、名前がカッコよかったからです。

「日本」大学ですよ!日本一じゃないですか(笑)

併願してあった日本大学がどうやらセンター利用というやつに引っかかったようです。

 

あのー、ろくに大学のことも調べずに5月のうちに首都大学一本に絞っていたので大学の知識は一切ありません。

あのセンター試験の結果ならMARCHまでセンター利用いけたんじゃね?とよく言われるのですがもうそんなことはどうでもいいです。

日本大学、めっちゃめっちゃ楽しいですよ。というか、多分どこにいってもそれなりにめっちゃめっちゃ楽しいんですよ。

大学での目標は日本大学を日本一大学(にほんいちだいがく)に改名させることです。

学長「吉野君がいるならココは日本で一番の大学だ。大学名を日本一大学にしよう」てな具合にな。

 

受験期は友達とつるむなって聞くかもしれませんが、俺的には友達に支えられてここまで来ました。ありがとう。仲間が頑張ってるから俺も頑張る。辛いことは切磋琢磨しながら乗り越えていければいんじゃね?

 

あと、目標を持つことの大切さを実感しました。

プラス思考も大切ですよね。出来る出来る思っていれば出来るようになるんです。

 

とにかく、あの受験期のバカみたいな一生懸命さを忘れずにこれからも生きていきたいと思いました。
受験期、楽しかったです。

 

ま、なにごとも一生懸命に楽しめってことです。

頑張り抜いた奴が最後に笑うんですよ。

 

オレ流勉強術とか、オススメ参考書とか、

カケルと俺のその後とかは、

またいつか。

 

以上。

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